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世界がアニメ化している。誰もかれもがただ「役割を果たすだけだ」

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プログラマー未経験者が正社員で採用されるまでにやった『5つ』のこと

目を合わさない

人とどうにも目を合わすことなく生きてきた僕が、なんでそうなったのかを『氷菓』というアニメ作品を見ていたら気づいた

 

それは、アニメの世界の住人があまりにも「他人に対して無関心であり、目線をひとつも合わせはしないからだ」

 

上の画像を見てもらうとわかるのが、同一の世界にいるはずなのに、まるで両方ともがお互いを認識することもなく「自分の役割を演じている」

 

アニメのキャラなのだから当たり前なんだが、こうした「キャラクター同士が関係性を結んでいない場合は、互いを認識しない機能」はそういえばアニメ作品では当たり前のように存在している

 

そうか!と感じた

 

僕は僕の世界の役割を果たそうとしていて、結果的に関わりのない存在を全く認識せずにいようと無意識に考えていたんだ

 

アニメが好きな人はどう感じるだろう?

 

僕の感覚は間違っていて、同じ空間にいてもまるで他者の存在を意識すらしないようにしているのは、おかしいんだろうか?

 

けど、僕はそんな感覚をおかしいとは思えない

 

なぜなら僕は、「僕の見たいと感じるものを見たいからだ」

 

幼い感覚だなぁとは思える

 

けれど、実際のところ多くの人も「自分の役割を演じることに必死になってはいないだろうか?」

 

それはまるで、気にもとめない存在に対しては、その存在すら認識から消し去るような行動をしていて、まさしく「アニメの世界と同一の行動だ」

 

 

ここで感じたのは2つのこと

 

 

『アニメの世界が「2次元の点と線の世界」だから、「人と人が互いに役割を持って、その役割以外を認識することも出来ない世界に見えるのか』

 

それとも

 

『僕たちもアニメのように、そうとは知らずにただ見たいと感じる現実だけを見ることで、結果として"見たいものだけを認識しようと思い込んでいるのか"』

 

 

どちらもが「自分の思い込みたい役割や現実以外を見ようとしていない」ように感じている

 

多分、だからこそ「見たいものだけを見たいから僕は、人と目を合わすこともないんだろう」

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