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【プログラマーの尊厳】人間がプログラミングする必要はなんだろう?

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d.hatena.ne.jp

 

2014年に書かれたブログをいまさら見つけてしまった

 

なにやら凄いことが書かれているなと感じたので、まずは感じたことを書いておきます。

プログラマ(人間)の尊厳ってなに?」

 

ざっと読んでみて感じたことは、"非常に頭の良いプログラマの尊厳を踏みにじられる事がどうしようもなくつらいから、今の職場をやめようという文脈。

 

職業人や、何かしらのプロフェッショナルとして生きて行く以上、誰かに課せられる制約や制限は常について回るものだし、何よりそれは人間社会ではどうしようもなく存在し続ける業のように感じる。

 

ただ、今回の事例で言えることは、プログラマとして生きて行く人間にとって、「コード」は命と等しく大事な存在だ。

 

ということだと最初にブログを読んで感じました。

 

作家にとっての一文一文が極めて重要な存在であるように、プログラマーのとってのコードも極めて重要な存在なんだ。ということだ。

 

プログラマの価値ってなに?」

プログラマが、人間として頭を使って考えること。

プログラマが、いる場所・いた場所の情報をオープンにしていくこと。

プログラマが、いるに値しない場所から勇気を持って去ること。


ブログ主の人が記事内で書いていた事を見るにつけ、感じたことは、

この人がプログラマとしての人生を歩んでいるということ。

論理的・明示的・嘘をつかないなんていうのは、確かにプログラマらしいと思うし、

何より個人としての価値よりも、"単なる企業内部の権力争いに辟易した結果"だとも思える。

 

ぼくは、キャプチャしない正規表現を (?:) でなくただの () で書くようレビューで高圧的に言われたとき、今の職場を辞めることを決意した。(まだ辞められていないのは純粋にぼくが無能なせいだ)

キャプチャしない正規表現を () で書くこと自体は、そこまでの悪じゃない。
ぼくも昔はそう書いていたし、(?:) を知ってからも使い続けていたし、今でもワンライナーならそう書くかもしれない。

しかし、そう書くことを強制されるというのは、まったくの別問題だ。
それは人間としての尊厳に関わることだ。
「() で書いたほうがシンプルで読みやすい」と言われたら、確かに理がないわけではない。
でも、そのトレードオフで、そのいわゆる「読みやすさ」を重視することを選ぶ根拠、それを押し付けられる根拠は何だ? ということを突き詰めたら、相手のほうが「偉い」という「権力」しかない。

権力で押さえつけられるというのは、奴隷の立場であるというのと同じことだ。
子供がいなかったら、その日のうちに辞めているところだ。
いくら貧乏で、辞めたら餓死する状況でも、隷属してまで生きる価値のある人生なんてあるものか。

 

これらの内容から感じることは、、人間としての尊厳というのが、まさしくプログラマとしての尊厳を踏みにじっているということ

 

1人の人間として権力に屈するということは、理性的な状態ですらないと感じる。

 

人間は、およそ2000年くらいの歴史をかけて、市民革命を起こして、憲法やら法律とか言うルールを作って、人間には理性があるんだということの証明をし続けてきた。

 

ただ、今回のケースで言えば、プログラマとして尊厳を単なる権力構造のもとに踏みにじっているとしか思えなかった。

 

「人間ってサル?それとも??」

人間は理性的である前に、単なる生き物にすぎない

 

ただ、理性的であり、人間として存在しようとするからこそ、

誰かに隷属することができないからこそ、今回の出来事は起きたのだと思う。

 

(論理やルールは、人間の下にあり、人間がそれらをコントロールしなければならないのに。)

 

「これは、すべての職業人に言えることだ。」

日本は、今後ますます1国としての経済力(GDP)が減少していくだろう、そして国の持つお財布の中身がどんどんなくなっていく。

 

そんな中で「働き方」という一点が多くの人にとっての悩ましい問題となることは目に見えている。

 

AIやBIがあるから、人間は働かなかくて住む世界にそのうちになると誰かが言った。

 

けれど、現在時点では、人はまだ労働力として働く必要がある。

 

だからこそ、働き方を選ぶことは、極めて尊いことだと感じた。

 

 

ではでは

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