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"にゃー博士"はNetflix研究家

にゃー博士が世界をニャメ尽くす

『人は、己が人生を歩むことしかできず、自分自身を認めて前進する勇気を持つしかない』

人生

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人に悩みを打ち明けたり、何かをヒントを貰おうと何も考えずに質問をするバカな人は、意外と大人になっても多いもので、そうした人を見ると『人はなぜか常に悩んでいるように生きていたい』と感じているようにも思えるのだ。

 

確かに人は未来を見通すことなどできないし、仮に見通したとしても、待っている現実が本当に予測した通りになる可能性は常に低すぎると言える。けれどどこかで人々は人生にレールのようなものがあり、誰かが道を示してくれるのだと本気で信じている。

 

だが、人は自分の人生を歩むことしかできない。ゆえに歩む必要がある。幸運なことに結婚をしたとしてもそれは誰かとともに自分の人生を歩むことに他ならないのだ。そう考えると、そもそも『なぜ人は悩む必要があるのか疑問に思えてくる』

 

人は自分の人生を生きるしかないのだから、これだっ!と思える何かに一生懸命になって必死になって、150%くらいの全精力でもって努力して、努力して、そんでもって努力するしかないのに、なぜか『ふいに悩もうとする

 

これではいつまでたっても人生は前進しやしないし、幸せになれる可能性も高まらない

 

結論として『人は他人の人生を生きることはできず、ただ己が人生を歩むのみ』ということなのだけど、もしかしたら『自分を認めてあげることが怖いのかもしれない』だからこそ不安定さに怯えて、怖いと感じてしまい、悩み、歩みを止めてしまうのだ

 

ただ、自分自身を認めようとする勇気を、持つだけで良いはずなの。

 

悩むことと熟考することは、全く違うものであり、もしかしたら多くの人は考えているふりをしながら、ただ悩んでいるだけなのかもしれない

 

ではでは

 

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