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「人の名前を覚えられない人は、抽象的な世界に生きている人かもしれない」に対する「僕の本音と真実」を書く

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「人の名前を覚えられない人は、抽象的な世界に生きている人かもしれない」に対する僕の本音と真実を書いておきます。

 

では、行ってみよう!

hrblog.basicinc.jp

 

というブログ記事で「抽象的な世界に生きていると人の名前を覚えられない」は本当に真実だと感じた

 

小学生は中学生くらいまでは伝家の宝刀"名札"があるからどうにかなるが、その後高校生、大学生と進学するともうどうしようもない

 

「抽象的な世界に生きている人かもしれない」ではなく「本当に抽象的な世界に生きている実感がある」

 

人の名前にとどまらず日本社会のルールや先輩・後輩の年齢差ゲームなど、そもそも存在していてもなんら意味があまりないと思える「モノ」に全く興味を持てない

 

注意「モノ」 とはルールであり人であり、それは存在している物質だ。という認識です

 

人が作ったルールや制度は、大多数の人間が安定して生きるための装置にすぎないからこそ社会のルールにも興味が持てないのだろう

 

 

ただ、世界の美しさは何よりも好きだ

 

 

「夜寒がりで空を見上げた時に、ふいに満点の星空に出くわす」

 

「海辺で潮風の匂いにふいと立ちくらむと、広々とした海の地平線に出会える」

 

「そこらへんに落ちている小石も、意外と捨てがたいニクいやつ」

 

「山々の雄々しさに驚いて、悩みを持つことの無意味さを感じ取れる」

 

こんな何てことのない世界の美しさの方が、どうでも良いルールやひとの名前なんかのラベリングよりもよっぽど重要だ。

 

 

「この世界は、抽象的な美しさや儚さにあふれている」

 

 

だからひとの名前も覚えずに「抽象的な世界に生きているんだ」

 

 

名前はラベリングでしかない。重要なのは「どんな存在なのか?」でしかない

 

世界の本質とか綺麗なものが好きだから、結果として「人の名前」というどうでも良い内容に興味が持てない

 

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